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2009年12月号

vol. 033

肉声優位の法則

~メール溢れるご時勢に、肉声でしか伝えられないことがある~

今は、何でもカンでもメールで済ます風潮がある。
だが肉声で伝えることで、より高い効果が得られる場面がある。
それは「お礼」と「お詫び」と「お願い」だ。

師走のシーズン。
今では見かけなくなってしまったが、
お歳暮を小脇に抱え、
お世話になった家々を訪ねるシーンを昔よく見かけた。

年始の挨拶に、
部下が、夫婦連れで上司の家を訪ねることも昔よくあった。
迎える上司は、大勢の部下の来訪を、
お煮しめを用意して待ち構える。

こういった純日本風の慣習が薄れつつある。
今どき、元旦に、わざわざ上司を自宅など訪ねたら、
目を丸くされ、
「折角の一家団欒に何をしに来た」と睨まれるかもしれない。

だがこの礼節の心理は、
メール謳歌となった今の時代においても、
脈々と生きているのである。

「わざわざ訪ねる」が有効となるのは、
お世話になった方への「お礼」だけではない。
「お詫び」や「お願い」の際にも極めて有効だ。
お詫びに、わざわざ来てもらった経験がある人なら、
合点が行くだろう。

ではなぜ、
「わざわざ訪ねる」という行為に、
そんなにも効き目があるのだろう。

お礼、お詫び、お願いを受け入れるかどうかは、
「相手がどれだけ『財』を費やしたかを見届ける行為」
だと言われている。

「財」とはお金ではない。
例えば「お詫び」をしようとする時、
相手の銀行口座に、何がしのお金を振り込んでみよう。
折角、財を費やしたにも関わらず、
逆に「無礼だ」と怒られるのがオチだ。

「財」とは、
その人にとって、削られたくないモノであり、
失いたくない大事なモノと言ってもいい。

それは時には「時間」であり、
時には「プライド」だったりする。

それをどれだけロスして来たか?
を見ているのである。

こんなシーンがある。

頼んだ仕事がムチャクチャで、
大穴を空けてしまった業者があった。
業者にすぐさま電話し、
カンカンに怒ったら、
担当の営業マンがすっ飛んできた、なんてシーンがある。

簡単に怒りは収まらないのだが、
「すぐに駆け付けて来たか…」
と言うだけで、溜飲は下がるものだ。

営業マンは、昼間、忙しい。
予定も入っていたことだろう。
だが、その大事な予定をキャンセルして駆け付けた。
許しちゃお、と思ってしまうのだ。

もし営業マンが顔も見せず、
すべての予定を済ませた夜半に、
お詫びメールなど寄越してきたならば、
収まるはずの怒りも、
かえって増幅してしまうかもしれない。

「お願い」も同様だ。
何も捨てずに、何も削らずにお願いをされても、心は動かない。
しかし、
「恥を忍んでお願いしたいことがあります」
と、正直に語る人がいる。

こんな風に、
自らのプライドを捨て、
自分に不利益となる情報を開示した場合など、
ついつい心が動いてしまうものだ。
このプライドも「財」なのである。

私は社員に口酸っぱく言う。
メールで済ませる内容と、
電話で肉声を伝える内容と、
わざわざ訪ね、顔を会わせて伝える内容を、
ちゃんと区別しなさい、と。

ただしこれは、
過剰な演出を強いるものではない。

誠実に、心からのお詫びがしたいのなら、
思わず受話器を持ち上げるか、
上着をつかんで外に飛び出すか、
それは、
本人の気持ちが決めることである。
大事なことは、
何を置いても(何を削ろうが)そうせざるを得ない伝え方があるんだ、
と言うことだ。

人と人が、腹を割って話ができるためには、
一緒にお茶を飲んで1年、
一緒にお酒を飲んで1ヶ月、
一緒にベッドを共にしたら一晩で、と言われている。
(ただし男同士では無理だが…)

夜遅く、
お客様から「お叱り」の電話を受けている社員がいる。
受話器を置いた後、
暫くジッと想いに耽っていた社員は、
「私、今から行ってきます!」と、
おもむろに立ち上がった。

家に帰りたい時刻だ。
でもそんな気持ちを押し殺し、
ムダ足かもしれないが、
再び、お客様の所に出向き、顔を見て謝りに行く社員に、
「ああ、行っといで」と声をかけて送り出す。

彼は「帰りたい気持ち」を削って、お詫びに向かったのだ。
その誠意は、必ず届くだろう。

本心からの「お礼」と「お詫び」と「お願い」は、
肉声に勝る手段はない。

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 社長 谷洋の独り言ブログ