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2012年4月号

vol. 061

いざ鎌倉

~もう迷うな。人生の岐路に立つ時、私はこの言葉を必ず使う。前だけ見ろと~

事が起こった時は、全員が鎌倉に馳せ参じ、幕府の旗の下に戦おう!
有事には呉越さえ力を合わせ戦うべし!
私はその、「いざ鎌倉」という合言葉に、ある特別な思いを抱いている。

鎌倉幕府は日本で初めての武家政権である。
150年間も続いたこの幕府は、日本中の武士達によって支えられた。
いつもは小競りばかりしてる武士達が、
武家政権のピンチの瞬間、昨日までの敵同士が瞬時に団結するのだ。
「いざ鎌倉」の合言葉で。

しかし私は、この言葉を違う意味で使っている。
自ら安住を捨て、まだ見ぬ冒険の道にリスクを省みずして進む時、
その時の覚悟の言葉として使うようになった。
なぜ「いざ鎌倉」なのか、今回はそれを紹介しよう。

私は今の会社を立ち上げる時、
「足利尊氏」という歴史上の人物のことを思い浮かべていた。
私は大の歴史好きだが、とりたて足利尊氏のファンでもない。
尊氏は後世の評価もさほど芳しくない。
だが独立を考えたその時、
私の置かれた境遇に、何やら尊氏に似たモノを感じたのである。
恐れ多くも、あの有名人と我が身を重ねたのだ。

会社発足の初日、まさにその日の朝、
私は洗面台で顔をザブザブと洗い、
鏡に映る自分に向かってハッキリとこの言葉を発した。
「いざ鎌倉!」と。

足利尊氏は鎌倉幕府の有力御家人「足利家」の嫡流として生まれた。
足利家は源氏本流の血筋。
いわゆる名門中の名門だ。
平氏の流れの汲む幕府執権の北条家とは対等以上の名家である。
その御家人トップの足利尊氏が幕府に謀反を仕掛けたのだ。

ここで謀反の理由を云々するつもりはない。
私は実は、もっともっと俗っぽいところに引っかかっているのだ。
それはこうだ。
「尊氏はせっかく御家人トップの境遇であったのに、わざわざそれを捨て、
リスクを犯してまで鎌倉幕府に謀反するって、どういうこと!?」
と常々、不思議に思っていたのだ。

なぜ尊氏は謀反せねばならなかったのか。
今のままでも十分じゃないか!と思うのだ。

分かりやすく言おう。
あなたがトヨタ系列の「アイシン」や「デンソー」の社長だとしよう。
トヨタあっての「アイシン」「デンソー」だが、
この2社はそんじょそこらの下請企業ではない。
従業員3万人以上の超優良企業、ピッカピカの東海の雄である。
そのアイシンの社長が、トヨタ相手に謀反したと思って欲しい。
今のままでも十分じゃないか!と思うのは当然でしょう!?

足利家は、北条の下風に立つとはいえ、御家人のトップ。
十分に恵まれた環境にいる訳だ。
まさに「アイシン」「デンソー」の社長の身上だと思って欲しい。
そう。足利家は、北条家から頭を押さえられていたとは言え、
戦国時代の下克上のような、
ドン底からギラギラと栄達を狙う身上なんかじゃないのだ。

だが尊氏は、その恵まれた系列企業トップの座を捨てた。
本家トヨタに謀反し、
新しく幕府を開き、その総帥に座ることに一命をかけたのだ。
失敗したらゼロ。一族は皆殺し。
今のままでも一兆円企業のトップなのに。
今のままで十分じゃないか!

だがこうも思う。
誰にでも、安定した「現状」を捨ててまで、
新しい何かを掴み取らなければならない岐路があるのだろう。
安全な舟に身を置いたまま、冒険はできないとしたら、
とにかく一度、ザブンと海に飛び込まないと、新しい舟には移れない。
だが海は地獄だ。
誰でも簡単に安住を捨てることはできないのだ。
だが、尊氏はそれをやった。

80点の現状を捨て、0点の中に身をさらし、
そして果敢にも90点を取りに行こうとするその勇気にこそ、
心震えるほどの畏敬の念を禁じ得ないのである。

私は2005年、親会社のサラリーマンを辞し、会社を立ち上げた。
自分で言うには憚られるが、
決してリストラされた訳ではないし、将来はそれなりに嘱望されていた。
無難にさえしていれば、いずれ役員の末席にも就けたかもしれない。
身分も、給料も、仕事の満足度もやりがいも、十分だった。
だがそれを捨てた。

足利尊氏という歴史上の英傑に、
自分自身を投影すること自体、メチャクチャおこがましいのだが、
「なんで尊氏は十分過ぎる安住を捨て、謀反をしたのだろうか」
私は独立の朝、そればかりを考えていた。

春四月。
この時期、多くの旅立ちのシーンがあるはずだ。
希望に胸を膨らませ、4月から社会に飛び込む若者も多いだろう。
思わぬリストラに遭い、うなだれて都落ちする人もいるだろう。
だがそんな中、十分過ぎる今の境遇を捨て、夢を追うために、
勇気を振り絞り、サラリーマンを辞し、自ら事業を興す人もいるはずだ。

さぞかしドキドキしただろう。
だが恐れることはない。
その勇気は、後に続く人々から、明々たる道標となったと称えられるはずだ。
頑張って欲しい。
「いざ鎌倉」である。

この短い言葉の誤用を許されたい。

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