セミからの贈り物
前回の8月号では、我が家にやってきたヘラクレス・レイディの幼虫たちについて書かせていただきました。
あれから数か月。
3匹の幼虫たちは無事に成虫となり、土の中から姿を現しました。
現在は大きな虫かごへお引っ越し。
「いつペアリングできるかな?」と、子どもたちは今か今かとその時を待っています。
そんな我が家ですが、実はこの夏、ヘラクレスたち以外にも、たくさんの生き物との出会いがありました。
4人の息子たちが、とにかく小さな生き物にハマってしまいまして……。
山へ行けば昆虫。
川へ行けば小魚。
田んぼへ行けばオタマジャクシやカエル。
水辺ではヤゴやザリガニ。
見つけては捕まえ、観察して、最後にはちゃんと元いた場所へリリース。
そんなことを繰り返していた夏でした。
「今日は何を捕まえてくるのかな?」
と、こちらも少し楽しみになっていたのですが、そんな中、子どもたちが唯一、家に連れて帰ってきた生き物がいました。
それが、セミの幼虫です。
ある日、家の近くの道端で、羽化する直前と思われるセミの幼虫を見つけたそうです。
どうやら弱っているように見えたため、
「このままだと羽化できないかもしれない!」
ということで、急いで連れて帰ってきました。
これまでセミの抜け殻は何度も見たことがありましたが、
「羽化する直前のセミ」を実際に見るのは初めてです。
調べてみると、セミの幼虫は地上に出てから木などに登って羽化する準備を始めます。
そこで、家の中に「羽化できそうな場所」を急いで準備しました。
すると…ピタッ。
用意した場所にセミが止まりました。
そして、しばらくすると羽化が始まりました。
幼虫の背中がゆっくりと割れ、そこから少しずつ姿を現していきます。
「出てきた!」「頑張れ!」
いつの間にか家族全員がセミを囲み、誰もしゃべらず、ただじっと見つめています。
そして、幼虫の殻から出てきたセミを見て、みんなが驚きました。
真っ白です。
普段、私たちが目にするクマゼミは、黒っぽい体に透明な羽を持っています。
ところが、羽化したばかりのセミは、まるで別の生き物のような白い体。
そして、羽は透明なのですが、ところどころに緑色が入り、光の当たり方によってはステンドグラスのようにも見えました。
「こんなに綺麗なんや…」
思わず、そんな言葉が出てきました。
しかし、綺麗だなぁと見とれているこちらとは違い、セミは必死です。
体をもぞもぞと動かし、何度も何度も力を入れながら、少しずつ殻から抜け出していきます。
その姿は、決して優雅なものではありません。
むしろ、とても苦しそうです。
それでも、少しずつ前へ進んでいきます。
そして、ついに…全身が殻から出ました。
「出たーーー!」
家族みんなで大盛り上がりです。
まるでスポーツの試合で、応援していた選手がゴールした瞬間のようでした。
そこからもセミは休むことなく、少しずつ体を変化させていきます。
羽が伸び、体が固まり、白かった体も徐々に色づいていきます。
数時間かけて、ゆっくり、ゆっくりと「セミ」になっていきました。
気が付けば、家族みんなで5~6時間ほど観察していました。
翌朝。そこにいたのは、もう立派なクマゼミです。
前日の真っ白な姿が嘘のように、すっかり見慣れたセミの姿になっていました。
今にも飛び立ちそうな様子だったので、近くの公園へ連れて行きました。
「元気でな!」
子どもたちと一緒に見送りました。
その後、元気に飛んでいった姿を見て、「昨日はすごいものを見せてもらったな」
と、家族みんなで話しました。
考えてみれば、セミの羽化を最初から最後まで見る機会なんて、そうそうありません。
たまたま道端で幼虫を見つけたこと。
子どもたちが「助けてあげよう」と思ったこと。
そして、そのタイミングが羽化直前だったこと。
いくつもの偶然が重なって、今回の出来事につながりました。
これは、なかなかの幸運だったのだと思います。
今回、セミについて調べてみて驚いたのが、その生き方です。
セミは種類によって異なりますが、幼虫として数年間も土の中で過ごします。
その長い期間を生き抜き、ようやく地上へ出てきても、そこから羽化に失敗したり、外敵に襲われたりする危険があります。
それでもセミは、必死に羽化します。
何年も土の中で過ごした末に、ようやく空へ飛び立つ。
私たちが夏に聞く「セミの声」の裏側には、そんな長い道のりがあったのです。
セミの姿を見ながら、ふと人間のことを考えました。
人間の世界でも、「成功者」と呼ばれる人は、決して多くありません。
そもそも何をもって成功とするのかは、人それぞれです。
ただ、どんな成功であっても、そこへたどり着くまでには、それぞれの人にしか分からない努力や苦労があるのだと思います。
表から見れば、華やかに見える人でも、その裏側では何年も何十年も準備をしていたり、失敗を繰り返していたりする。
そう考えると、セミの生き方と少し似ているような気がします。
今はまだ虫を追いかけて走り回っている私の息子たちですが、いつかは大人になり、自分自身の人生を歩んでいくことでしょう。
その途中では、失敗することも、思い通りにいかず「もう無理だ」と思こともあるかもしれません。
そんな時、親としてできることは、意外と少ないのかもしれません。
セミの羽化を見ていても、殻から出てくるのを手伝ってあげることはできません。
最後は自分の力で出てこなければならない。
人間も同じなのかもしれません。
親ができるのは、子どもが自分の力で羽ばたけるようになるまで、できるだけ良い環境を用意して、見守り、必要な時にはそっと支えてあげること。
そして、いつか子どもたちが立派な大人になり、自分自身の人生を歩き始める瞬間に立ち会うことができたら…
親として、これ以上うれしいことはありません。
今回のセミのように、長い時間をかけて力を蓄え、最後は自分の力で殻を破って飛び立っていく。
そんな「羽化」の瞬間を、いつか4人の息子たちにも迎えてほしいと思います。
その時、私はきっと、
「よく頑張ったな」
と、今回のセミを見た時と同じように、ちょっと涙ぐみながら拍手しているのかもしれません。
そして子どもたちから、
「お父さん、泣いてるやん(笑)」
と言われるのでしょう。
その光景を想像すると、今からちょっと楽しみです。
今年の夏、我が家にやってきた一匹のセミ。
何年もの長い時間を土の中で過ごし、最後は必死に殻を破って空へ飛び立っていきました。
短い夏を精いっぱい生きるその姿から、私たち家族もたくさんのことを教えてもらった気がします。
さて、我が家の4人の息子たちは、これからどんな「羽化」を見せてくれるのでしょうか。
そして、ヘラクレス・レイディたちのペアリングは無事に成功するのでしょうか。
まだまだ我が家の「命をめぐる物語」は続きそうです。





