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2015年5月号

vol. 098

10年後悔は再び巡る-という法則

~10年前を思い起こしての後悔は、10年後に再びまた巡ってくるという~

「ああ…やっとけば良かった」と、よく耳にする後悔の言葉。
だがそれが、10年前を振り返っての後悔ならば、
今から10年後、あなたはまた、同じセリフを吐くらしい。

人には、「やったことへの後悔」と「やらなかったことへの後悔」の
2種類の「後悔」があるらしい。

「やったことへの後悔」というのは、例えば、
自分は子供の頃から、秘そかに「小説家」になりたいと思っていたとしよう。
だが、そんな夢みたいな冒険ができるはずもなく、
親の言う通り、無難な公務員になったのだが、
「このまま死ぬのはイヤだ」と一大決心し、優しい妻にも背中を押され、
思い切って公務員を辞め、小説を書き始めたのだが、一向に芽が出ず、
両親や妻に経済的な負担をかけ、子供達にも不憫な思いをさせてしまい、
そして人生の終わりが近づき、
「オレの人生って、失敗ばっかりだったな」という後悔がそれである。

「やらなかったことへの後悔」というのは、例えば、
自分は子供の頃から、秘そかに「小説家」になりたいと思っていたとしよう。
だが、そんな夢みたいな冒険ができるはずもなく、
親の言う通り、無難な公務員になった。そして、
「このまま死ぬのはイヤだ」と思ったこともあったが、辞める勇気もなく、
妻や子供達に、世間並みの生活を送らせてあげたのだったが、
人生の終わりが近づき、
「オレの人生って、何にもなかったな」という後悔がそれである。

この2つの後悔には、決定的な違いがある。
前者の「やった後悔」では、小説家になれる可能性はゼロではないが、
後者の「やらなかった後悔」では、その可能性はゼロだ。
ならば「やるべきだ!」と言ってしまいそうだが、
人生、そんなに単純ではない。
後者の「やらなかった後悔」の方が、
間違いなく、貧乏や不憫などという不幸せの可能性は低いはずで、
どちらが良かったのかなんて簡単には決められない。

さて、これを読む諸兄は、どちらの後悔を選ぶだろうか。
私自身、その確かな答えを持ち合わせているワケではないが、
ここに面白い逸話があるので、今日はそれを紹介したい。
(便宜上、文中の年齢表記など、分かりやすくするため脚色をしています)

私の知人に70歳半ばの老紳士の方がいる。
大手のビール会社に勤め、役員にまで登り詰めた方だが、
その方、劇作家(脚本家)になりたかったそうだ。
そして結論から言うと、その方は、ビール会社を辞められなかったクチだ。
つまり「やらなかった後悔」をした側の人間である。
この老紳士が「10年後悔は再び巡る」という話をしてくれた。

その方、45歳のとき、会社を辞めて作家を本気で目指そうと思ったそうだ。
しかし「45歳じゃもう遅過ぎる」と感じたそうで、
「ああ…10年前(35歳のとき)に辞めとくべきだった」と自分を諭し、
そこで作家になる夢をあきらめたそうだ。

そして10年後の55歳のとき、再び作家への夢を見たそうだ。
仕事の辛い時期だったそうで、現実逃避の意識がそう思わせたのだが、
やはり「55歳じゃもう遅過ぎる」と感じたそうで、
「ああ…10年前(45歳のとき)に辞めとくべきだった」と自分を諭し、
そこで再び作家になる夢をあきらめたそうだ。

そしてまた、10年後の65歳のとき、再び作家への夢を見る。
ちょうど役員定年を迎えたときで、残り人生の少なさを見つめたらしい。
だが、人生も終盤に差し掛かり、さすがに「もうムリだ」と感じたそうで、
「ああ…10年前(55歳のとき)に辞めとくべきだった」と、
やっぱりまた、作家になるのをあきらめたそうだ。

何のことはない。いつ始めても間に合った!ということだ。
「10年前にチャレンジしとけば良かった」と思うなら、
それから10年後にもまた、同じセリフを吐くことを見通すべきだったのだ。
だが人間、そう簡単にはいかない。

その方が言うには「やってしまった後悔」というのは、
「もう二度とすまい!」と心に刻み、自分に強く念を押せるモノなのだが、
「やらなかった後悔」というのは、心には刻まれず、日常から忘れ去られ、
不思議なことに10年後、フっと思い出のように再燃するモノらしい。

どうだろう。この10年後悔。年配の方にはきっと心当たりも多かろう。
「やらなかった後悔」は、歳を追うごとに膨らんでいくそうだ。
ならばこそ、この法則を信じてみるのも悪くはなかろう。

今、私の同級生たちは、55歳の役職定年を次々と迎えている。
不遇を受け入れてそのまま会社に残る者もいれば、転職をする者もいる。
そして「昔の夢を叶えたい」とチャレンジする稀有なる輩がいる一方で、
「いや。もう遅い…」と、夢ををあきらめる輩もいる。そして、
そんなときには必ず「もう10歳若ければ…」なんて前置きが付いてくる。
きっとそのセリフ、10年前にも吐いていたのだろう。

夢へのチャレンジに、決して「遅い」はないと思っている。
夢は、それに向うプロセスこそが楽しい。
そしてもし「10年後悔の法則」を「なるほど」と思えるのなら、
夢へのチャレンジは、いつからだって間に合う、ということだ。
我々、50歳半ば組に、エンディングノートこそ早過ぎる。

さて、この70歳半ばの老紳士に、洒落た余談を聞かせてもらった。
それを最後に紹介しよう。

45歳のとき、10年前の奥さまを「綺麗だったな」と思い出したそうだ。
そして、今の奥さまの老け具合いを嘆いたそうだ。
そして55歳のとき、やはり10年前の奥さまを「綺麗だったな」と思い出し、
そして同じく、今の奥さまの老け具合いを嘆いたそうだ。
だが、70歳も半ばになった今、
奥さまを「綺麗だ」と見惚れる日があるらしい。
なるほど。彼はもう、10年後悔をしないと決めたようだ。

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