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2018年06月号

vol. 135

失言はほぼ真実である

~棲みにくい世の中になった。失言はもはや許されない時代だ。だがその失言は…~

今年もウィンブルドンテニスの季節がやってきた。
他の四大大会との大きな違いは、選手が身に付けるモノはすべて「白」と決まっていることだ。
だが「肌」の色は白くできないはずだ…。

なーんてことを言うと、大バッシングを受けること間違いナシなんだが、
多くのテニスファン、それもウィンブルドンファン、特に年配のファンは、こう思っているはずだ。
「なぜウィンブルドンのセンターコートに黒人が立ってるんだ」と。
この言葉は、今の時代、絶対に、絶対に、口にしてはいけないはずの「失言」である。
だが敢えて言おう。この失言は、まだまだ多くの人の心の中に隠された「本音」を代弁をしている。

「本音」を吐けない世の中である。
「本音」を吐けば、スグに「失言」の烙印を押されてしまうのだ。
だが私はいつも感じていることがある。
こういった「失言」にこそ、皆が等しく思って口にできない「真実」が含まれていると。

先般、こんなことがあった。
ある大学の時事問題セミナーを聴講したときの「パネルディスカッション」での一幕である。
一人のパネラーがこんな発言をした。「北朝鮮は『核』を持つべきだ」と。
会場がどよめいた。これは「失言」だろう。

今、朝鮮半島の南北融和が進む中であっても、北朝鮮が「核」を持つことは絶対に許されない。
当たり前だ。北朝鮮が「核」を持っていいはずがない。そんなことは小学生でも分かっている。

だが彼の言い分はこうだ。
北朝鮮を囲むすべての国は「核」を持っている。中国もロシアも。そして日本と韓国にも「アメリカの核の傘」がある。
自国の周りの国すべてが「核」を持ってるんだから、自分も「核」を持って何が悪いのか、と。
誰も使わない「核」を全員が持つ。これこそが、均衡の取れた「抑止力」ではないのか、と。
しかしそのパネラーの意見は、会場からのブーイングも加わり、無残に抹殺された。

会場には40人ぐらいの聴講者がいたと思うが、そのパネラーに拍手を送った人は皆無だった。
むろん私も、衆目で火炎放射を浴びたくなかったからジッと黙ってはいたが、実は、心の中で「拍手喝采」をしていた。
「アナタの言うことは正しい」と。
これこそ、世間に数ある「失言」の中に「真実」が含まれている典型ではないだろうか。

さて、「失言」と言えば政治家だろう。
国会中継や囲み取材で、バカな政治家がときに失言し、世間から突き上げられることがある。
政治家の「失言」を1つ1つ取り上げていたらキリがないのだが、少し旧い例だが、スケールの大きな例がある。
昭和24年、吉田首相の「バカヤロー解散」だ。
吉田茂が野党の質問者に「バカ野郎」と口走り、とうとうこの「失言」が元で内閣総辞職にまで至った大失言事件である。

だが恐らく、その野党の質問者は、本当に「バカ」だったんだろう。
ただこの大事件の発端は、そのときの大蔵相だった池田隼人が発した、これも「失言」からだった。
池田は「貧乏人は麦を食え」と言ったのだ。
いやはや、立派な「失言」だ。だが吉田と池田が吐いたこれら「失言」は、恐らく「真実」だったに違いない。

「失言」はなぜイカンのだろう。
「なんで?みんな心の中では思ってるでしょ?」と訴えてもダメらしい。
「そういうことは腹の中にしまい、口に出したらアウト」というのが、この日本というお堅い国のしきたりだ。
私は、このポピュリズムの形成する集団的道徳観念が、「一点の黒いシミ」さえ許さない国民性に、辟易としている人間である。

本当は多くの人がそう思っているのに口にできない「本音」。実はこれが「失言」の正体なのだ。
例えば「パラリンピックは主旨は賛同するが、TV中継を見たいとは思わない」という本音。これも「失言」だろう。
例えば「同じ評価だったんなら美人の方を採用しようや」という本音。これも、大バッシング級の「失言」だろう。
例えば「なぜ広島原爆ばかりが取り沙汰されるのか?広島は14万人だが、東京大空襲でも10万人も死んでいる」という本音。
もちろんこれも、口にしてはいけない「失言」なのだろう。

さて今回、こういった「失言」について、このブログで取り上げたのは、
過日、ある方が吐いた「失言」に、ひどく考えされられたことを、ここで紹介したかったからである。
むろん、とんでもない「失言」なのだが、「うーん」と唸るぐらいの「失言」だったのである。
と言うことで、どれぐらい「うーん」なのか、これを読む諸兄も、一緒に考えて欲しい。

ある企業の研修に、オブザーバとして参加をしていたとき、
講師が、ある製薬メーカーの営業手法を、会社全体で取り組む「巧みな営業戦術」として紹介をしていた。
受講生も、我々オブザーバーも「なるほど」と感心をする営業術だった。

だがヒネクレた私は「いやいや、世の中にはもっとスゴい営業があるでしょう」と心の中でつぶやいていた。
例えば、『水の駆けつけ隊』や『鍵の駆けつけ隊』である。
正しき社名をここで書くのは憚られるが、水漏れや、カギを失くしたら、24時間いつでも駆け付けてくれる有難いサービスだ。

だがこいつら、メチャクチャに高い金を取るのだ。
平気で水道栓の交換で2万円、カギのシリンダー交換で3万円も請求してくる。
「夜中でも駆けつけます」という触れ込みだが、夜中だからこそ足元を見られ、法外な料金でも払わざるを得ないのだ。
これって、人の弱みにつけ込む悪どい商売である。
だが違法ではない。お金に困った人に高利で金を貸す「消費者金融」なんかもその類だ。うまい商売ではないか。

そんな連中の「悪知恵」に、畏敬の念を思い浮かべていたそのとき、
私の横に座っていた、もう一人のオブザーバーが、私のわき腹をツンツンと突いてきた。

私が横を見ると、その御仁はニコリと微笑み、そして小さな声でこう言った。
「私ね『振り込め詐欺』こそ営業の極意と思うんだが、谷さん、どう思う?」と。

私は思わず「はっ?」と声を出してしまった。「振り込め詐欺」は、犯罪ではないか!
弱いお年寄りを狙い、我が子を救いたいがゆえの親心を利用する、極めて卑劣な犯罪である。
だが…、だが、どうなのだろう…。
その御仁は続けてこう言った。
「警視庁捜査二課の扱う『詐欺事件』って、全部、見習うべき営業のエキスを含んでいますよね」と。

営業とは、相手に自分の買わせたいモノを買わせる行為である。
そこで、相手が心を動かす「何か」が作用しなければ、相手は大切なお金を使ってはくれないだろう。
ならば「どうすれば相手の気持ちを動かせるか」を、とことん突き詰めて考えた「詐欺事件」を企てた犯罪者たちは、
何も講じずただ「買って下さい」のお願いしかしない営業と比べれば、遥かに高度な営業術ではないかとその御仁は言うのだ。

その通りだ。 ただし、ただしそれは、絶対に口にしてはならない「失言」なのである。

さあ、どうだろう。
これを読む諸兄は『振り込め詐欺』に、学ぶべき営業ノウハウを認めるだろうか。
いや…、答えなくても構いません。
これは「失言」だからです。

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